通訳の仕事〜初日3〜

お昼ごはんは会場内に出店される出店で使える食事券を使って食べました。出店は色々な種類があり、ハンバーガー、カレー、サンドイッチ、クレープ等がありました。初日はハンバーガーを食べました。しかし長蛇の列で食べ物をもらうまでに20分ほどかかり、食べる時間は10分ぐらいしかありませんでした。おいしいハンバーガーだったのでもっとゆっくり食べて味わいたかったです。

初日が1番長い時間仕事をしました。約10時間労働。それでも受付は座ることができ、ずっと世間話をしていたので苦ではありませんでした。休憩時間には他の展示を見に行き、展示内容はあまり興味がないものの、配っているグッズをもらったりして満喫しました。各国から色々な会社が出展しているため国際的で人間ウォッチングするだけでも面白いです。大学生のときに交換留学をした際、初めに留学生だけで行われるオリエンテーションを彷彿とさせました。会社が配るグッズによってお金のかけ方の違いも分かって面白かったです。1番力を入れていたのはSIEMENSでした。毎日午後にお酒とつまみが配られ、朝はエスプレッソマシーンでカプチーノを配っていました。他にも将来の会議の開催場所として誘致をしたいシンガポールがペンやらぬいぐるみキーチェーンを配っていました。子供達のおみやげにと、かたっぱしからグッズをもらいました。

そうして初日が無事に済み、ホテルに帰って新しい部屋にチェックインをし、ゆっくり過ごしました。

通訳の仕事〜初日2〜

この世界会議、毎年会場と国を変えて行われていて知る人は知る有名な会議みたいです。日本からは議員や政府の方、シンガポールの交通大臣等が来ていました。初日は日本ブースのテープカットが行われ、それらの大事な来場者がテープを切りました。そのテープカットにおいてハサミを配る係を受付が担当していたので私はもう一人の子についてハサミを配りました。私がハサミの置かれたトレーを持ち、もう一人の子が実際にハサミを一人一人配りました。そのときは日本の報道陣らしき人々が周りを取り囲み写真やビデオを撮っていたので緊張しました。もう一人の子は綺麗な笑顔で振る舞っていたのですごいなと思いました。

テープカットが無事終わると議員達が一通り日本の展示を見て回りました。会社の人たちも緊張した面持ちで説明をしていました。それが終わると今度はシンガポールの交通大臣に説明をしました。私たち受付嬢はそのときは何も仕事がなくただその様子を眺めていました。日本のブースから少し離れたところにアジアのブースがあってそこも私たち受付嬢の担当だったので2人と一人に分かれて待機していました。

結局一日そんな様子で受付嬢は暇でした。たまに誰々を探している、この会社を探しているという問い合わせがあったり、会社の方から通訳を頼まれましたが、基本的には暇でずっと他の子と世間話をしていました。こんなに楽でいいのかなと思いつつ会議のエネルギッシュな雰囲気に包まれて楽しく過ごしました。

通訳の仕事〜初日〜

教えてもらったコーヒーショップが開店するまで30分以上あったので会場のロビーで時間を潰すことにしました。Wi-Fiが繋がっていたのがかなりの救いでした。普段子育てに追われてゆっくりネットサーフィンをする時間さえないのでスマホでゲームをしたりFACEBOOKをチェックしたりのんびり過ごしました。そうしている間にコーヒーショップが開店したのでそちらに向かいました。特に洒落た朝食はなく、ベーグルやマフィンがあるだけでした。それでも何も食べないよりはマシなのでベーグルとラテを頼んでまた時間を潰しました。このコーヒーショップのWi-Fiはうまくつながらなかったのでテレビのニュースを見ていました。

8時を過ぎたのでまた会場に戻り時間を潰しました。8時45分になり、担当者の指示通り何回か携帯に電話をかけてみましたが出ないので焦りました。会場にいるのに遅刻扱いされたら損だなと思いつつまたかけるとやっと繋がり、迎えに来てもらいました。30代後半ぐらいのまだ若い方でした。

今回の仕事は世界会議で日本のブースが設置されていてそのブースの真ん中に待機して客を案内するという役目でした。受付を囲むように自動車産業に携わる会社がそれぞれの展示をしているため、客が探している会社に案内をする、必要に応じて通訳をするという内容です。私の他に2人同じ仕事を受け持っていて3人体制で臨みました。その2人がとてもいい人で救われました。

続く

通訳の仕事〜前夜ー初日〜

無事にチェックインをし、ショルダーバッグを担いで部屋に向かいました。この日の予約は後から追加したため、次の日からの3泊とは違う部屋でした。キングのまあまあな部屋でした。シャワーを浴びて寝るだけなので十分でした。とりあえずシャワーを浴びて、ダンナに電話をして子供達におやすみをしてそれから明日の準備をしました。着る服を決めてある程度荷造りをして、テレビを見ながらボケーっと1時間ほど過ごしました。我が家にはケーブルがないので、こういう機会でもないとテレビを見る事ができないのでここぞとばかりに色々見ました。

翌日5時に起きてさっと支度をして出かけました。8時45分集合なのになぜこんなに早く起きたのか・・それは街の渋滞に巻き込まれたくないからです。ダンナにこの街の渋滞は6時過ぎるとひどくなり始めるからその前に会場に着いて時間を潰した方がいいと聞いたのでその通りにしました。暗い駐車場をまたビクビクしながら早足で車に向かい、さっと乗り込みすぐに鍵をかけます。そしてGPSを設定して出発。渋滞に巻き込まれなければ25分ほどで着く距離です。

ダンナの言う通り、道はすいていて予定通りに着きました。しかし会場の駐車場が分からず、ダウンタウンで少しグルグルしました。一方通行を間違えて反対に行ってしまって黒人に怒鳴られました。怖かったです。でも無事駐車場を見つけなんせ時間が早いため絶好の駐車スポットを確保しました。駐車場で働いているお姉さんにコーヒーショップの場所を教えてもらって、会場に向かいました。

続く

通訳の仕事〜仕事に行くまで2〜

結局私がその仕事に行っている4日間はダンナが仕事を休んで子守りをすることになりました。月曜から木曜までが会議で、月曜早朝に家から運転しなくてもいいように日曜の夜からホテルに泊まることにしました。

出発の週末はとてもバタバタしていました。土曜に子供が日本語補修校に行き、学校に行っている間に仕事に必要なパンストや食料を買いました。日曜は朝教会に行き、一家でランチを食べ、帰ってきて15分で荷造りをしその週から取り始めた授業に行き、その授業が終わった8時過ぎに2時間半運転をしてホテルに向かいました。

我が家は現在車が一台しかないため、私がレンタカーを借りて仕事に向かいました。レンタカーはクルーズコントロールがない点を抜かせば快適でした。クルーズがないため2時間ずっとアクセルを踏みっぱなしだったのでそれに慣れていない私は足がつりそうでした。

急いで家を出たため、ちゃんと子供達やダンナにサヨナラを言えず残念でした。ホテルに行くまでの間、例の不安がまた戻って来てこの仕事中に私がテロか誰かに襲われて死んで、もう家族と会えなかったらどうしようと余計な心配が頭を駆け巡り悲しい気持ちで一杯になりました。

途中ファーストフードで夕食を簡単に済ませ、ホテルに着いたのは10時過ぎ。この町は本当に危険なのでホテルの駐車場からフロントに行くまでもずっとビクビクしていました。ホテルに入って、一安心。もともとハイヤットだったので大きくて綺麗なホテルでした。

続く

通訳の仕事〜仕事に行くまで〜

ひょんなことから車関係の世界会議の通訳兼受付をすることになりました。この会議は4日間ではじめは家から通うことも考えたのですが、なんせ片道車で2時間半の場所にあるので採用が決まった途端に会場近くのホテルを手配しました。仮予約ができるホテルでないとダメなので電話でHotels.comに電話をし、オペレーターに手配してもらいました。治安が悪い場所なのでちゃんとしたホテルにしてね、とお願いしたのに電話を切った後ネットで予約したホテルを見てみると安っぽいモーテルだったので慌てて自分で検索し直してまた電話をかけました。

ホテルの手配が済み、後2人同じ仕事をできる人を紹介してもらえないかと担当者に聞かれたので一生懸命探しましたが、時期と場所が悪いためなかなか見つかりませんでした。やっと一人見つかったと思ったら入れ違いで担当者も誰か見つけたらしく、結局紹介せずに済みました。

仕事の日程が近づくにつれ、楽しみな反面、不安な気持ちもいっぱいでした。というのもテレビやネットでテロのニュース、処刑されたアメリカ人のニュース等を見て次回のターゲット日は9月11日という噂を聞いていたからです。会議の最終日は9月11日、その日に銃を持った軍団が駆け込んで来て乱射をしたらどうしようと本気で心配しました。そのことをダンナに告げるとあっさり、「そんなこと起こるわけがない」と言われました。そのため少し安心したものの、やはりソワソワしていました。

続く